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ギャンブル依存症治療チームスタッフ紹介

石川県出身47才。学習院大学文学部英米文学科中退。
パチンコメーカーで10年間営業として勤務。その後看護師へ転職。
急性期病院消化器内科、腎臓内科などの病棟勤務を経て当院へ入職。
ギャンブル等依存症治療指導者養成研修修了。
まず、ギャンブル依存症になった経緯について教えてください。
はい。依存症は大学に進学してから発症しました。私は石川県の高校を卒業し、東京の大学へ入学しました。当時、将来英語を生かして海外で映画の仕事をしたかったので、東京の国立大学の 英語学科を受験したのですが不合格でした。高校の先生に言われた通りに受験した学習院大学英米文学科は合格していたので、そちらに入学しました。ただ、本来学びたかったことではなく、シェークスピアやヘミングウェイといった英米文学が、当たり前ですけど授業の中心でしたので、少しずつギャップを感じ始めていました。そのうち授業をさぼってパチンコするようになりました。
パチンコのきっかけは?
大学入学後、偶然上京していた中学時代の友人2人と一緒に渋谷でパチンコしたのがきっかけです。そこで、よくある話ですが3人とも1000円で大当たりしたんです。その後はほとんどパチンコすることはなかったのですが、大学の授業をさぼるようになってから行く場所がなかったのでパチンコへ行くようになり、徐々にはまっていったのがきっかけです。
依存症という自覚はありましたか?
はい、ありました。ただ、当時はインターネットもあまり普及していなかったですし、ギャンブル依存症という言葉も知りませんでした。大学の授業は受けたくない、さぼってパチンコ、自己嫌悪、授業へ行く、楽しくない、またさぼっパチンコ、自己嫌悪、その繰り返し。仕送りもバイト代もパチンコで使い切って、再度仕送りもらって、それも使い切って、さらに学生ローンで借金したりもするようになりました。自分は病気で死ぬまで治らないと本気で思っていました。
死を意識したと?
そうですね。死ぬってことも頭をよぎったことはありました。でも、それもできず、結局、自己嫌悪、パチンコの繰り返し。大学もすぐにでも中退したかったのですが、親の期待もあり、それもできず。親の期待に応えられないというのも自己嫌悪の要因の一つとなって、さらに依存症の深みにはまっていったように思います。
結局大学は中退し、親から勘当されました。その後、当時お付き合いしていた彼女の部屋へ転がり込んで、テレビ制作会社でADとして働き始めました。その後、別の制作会社へ転職しようと思ったのですがうまくいかず、結局半年ほど無職で過ごしました。その間も彼女からもらったお金でパチンコへ行っていました。バイトに行くといって、勝ったらバイト代と言って彼女に渡し、負けたらバイトに行かなかったと嘘をついたりしました。
依存症というと『嘘』が多いですよね。
その通り。大学時代もそうでしたけど、親や友人、バイト先にも嘘をついてパチンコしていました。パチンコのために平気で嘘をつくようになるんです。ギャンブル依存症の大きな特徴の一つですね。
「結局テレビ業界は諦め、就職情報誌で偶然見つけたパチンコメーカーの営業職に応募し、採用となりました。給料がよかったというのもあるのですが、パチンコメーカーに就職したらパチンコで勝てるようになるのではないかと思ったんです。
勝てましたか?
全く(笑。自分で機械台を販売するようになって、こうすれば勝てるというのがわかってはいたのですが、結局、勝つためのパチンコをしていないんです。自分は勝ちたいのではなく、パチンコに没頭し現実逃避したいというのが大きな理由だったんだと思います。ですので、就職してからも負けが続きました。給料は高いのに貯金は全くできず、カードで借金をしていました。その借金をボーナスで返すという生活でしたね。
では、依存症をどうやって克服したのですか?
結局、時間だったと思います。パチンコを始めて17年。今思えば、その間に依存症になるきっかけだった受験の失敗に対する思いや自己嫌悪が薄まっていったのかなと。最終的にパチンコ業界の悪化に伴い看護師に転職しようと決心したとき、パチンコで搾取する側から搾取される側になったのが大きかったです。メーカー退職後にパチスロへ行ったのですが、打ち始めた途中で搾取される側の立場になったと感じて背筋がぞっとし、メダルを残してそのまま帰宅しました。35才から看護師を目指そうと再スタートを切ったのにまたパチンコをしているという現実に不安を感じただけでなく、自分はずっとパチンコで搾取されて、ある意味人生まで搾取されたのに、また搾取されるのかと思うと本当に気持ち悪くなったんです。それ以来パチンコは一切していません。
なるほど。依存症を克服するには長い時間がかかるのですね。
そうですね。おそらく17年というのは短い方かもしれないです。ただ、依存症になったときに相談できる場所や医療機関があったら、こんなにも長い時間はかからなかったのではないかと思います。今、ギャンブル依存症で悩んだり苦しんでいる方、その家族の方には、できるだけ早く相談されることをお勧めします。
では、最後に一言お願いします。
当院は、一昨年からギャンブル依存症の治療を始め、医師、看護師、精神保健福祉士、作業療法士、臨床心理士などが連携し、チームで患者さんをサポートしています。私のような元ギャンブル依存症の看護師もいますので、悩みや苦しみを共有したり、パチンコ業界の裏話などもできればと思っています。まずは相談だけでもお気軽にして頂ければと思います。
ありがとうございました。